インタビュー 共同創業役員 取締役/小川純平

インタビュー 共同創業役員 取締役/小川純平

お客様にも社員にも
愛される会社であるために。
たくさんの可能性に、
目を向けていきたい。

取材・執筆:保戸塚 彩

インタビュー 共同創業役員 取締役/小川純平

RRJが生まれたきっかけは、橋満の一言。

社長の橋満と私は、前職の同僚でした。橋満は企画、私はエンジニアとして働いていたんです。橋満とたまたま電車で同じになり、そのときに「銀河英雄伝説に関する企画を立ち上げたい」という話をしてくれたんですよね。「自分は企画は作れるけれど、開発してくれる人がいないんだよ」と。当時、私は銀河英雄伝説を知らなかったのですが、橋満の銀河英雄伝説への熱い思いを聞いていたら面白そうだと思い、「じゃあ僕が作りますよ!」と二つ返事で答えました。これがRRJ誕生のきっかけですね。その後、すぐに銀河英雄伝説の全編を見ました。前職の会社を退職し、起業に至りました。メンバーは橋満を含め4名。後に、もう一人が加わり、5名の共同創業取締役が揃うことになります。

社長の家に集まり、カレーを食べながらワイワイと開発をする日々。

創業当時はオフィスもなく、平日は各自の家で仕事をしていました。土日は埼玉県和光市にあった橋満の家にメンバーが集まっていたんですよね。6帖くらいの部屋で、みんなが大好きだった銀河英雄伝説や、お笑いの番組をテレビで流しながらワイワイと。そのときはいつも、橋満が大きな寸胴に大量のカレーを作ってくれていました(笑)。それをみんなで食べながら開発に勤しむんです。未だにRRJにはカレーの文化があって、新入社員が来るとランチ歓迎会としてカレーを食べに行きます。「うちの会社はカレーで始まっているんだよ」と言いながら(笑)。

創業当時はどんな仕事をしていたかというと、徳間書店さんと一緒に銀河英雄伝説のサービスを作りつつ、説話社さんという出版社さんから雑誌のHP開発をご依頼いただいたり、あとはバンダイナムコさんとのお付き合いもあり、毎月お仕事をいただいていました。一番初めの給料は、橋満が入金されたお金を下ろしてきて、全員に同じ額を配ってくれたんです。その風景は今も忘れられないですね。

各自の家で開発をして、土日に橋満の家に集まるというスタイルを3ヵ月くらい続けていたのですが、事業拡大と共に、やっと池袋に安いオフィスを借りることになりました。家賃は月3万5000円。6帖ほどの小さなオフィスです。鰻屋さんの上の階を借りていたので、常に美味しい鰻のにおいが充満していました(笑)。

人数拡大に伴い、オフィスを転々と。

ようやくオフィスを借りたものの、半年くらいでまた引っ越しとなりました。エアコンが付いておらず、ゴールデンウィークを過ぎた頃から暑くて仕方なくなり、夜に集まって朝に帰る日々が続いていたんですよね。「これでは夏は越せない」という話になって、引っ越しへ。二つ目のオフィスは、偶然にも歩いて一分くらいの場所で見つかり、歩いて引っ越しをしました。ちなみに二つ目のオフィスは、メイド喫茶の上でした(笑)。徐々に人が増えて、全部で7人くらいの組織になりました。企画・営業を担当している橋満と、4人の役員がエンジニア。そこに、Webディレクターとデザイナーを迎えたことで、より会社としてできることが増えていきました。

そのときは社長が「家を借りるお金がもったいない」ということで、オフィス内に住んでいたんですよ。キッチンのエリアに寝る場所を確保して。本当に一緒に生活していましたね(笑)。いい銭湯が近くにあったので、仕事が終わったらそのまま社員全員で銭湯に行くということも結構ありました。結局、人がまた増えることになって、一年以内に三回目の引っ越しをすることに。三つ目のオフィスも、徒歩一分くらいのところに借りることができました。そこでようやくメンバーが10数人になってくる感じですね。

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新宿への引っ越しを機に、印象的なプロジェクトがいくつも始まった。

この辺りから組織体制を整備し、クライアントから受注した仕事を手掛けるチームと、自社コンテンツを手掛けるチームが誕生しました。今は3つのチームになり、運営とデザインチーム、開発チーム、自社コンテンツの運営チームという職務で分かれています。

2011年には、四回目の引っ越しをして、新宿にやってきました。そのきっかけとなったのは、バンダイナムコさんの一言。
「開発会社さんが打ち合わせに来てくださる時間があれば開発作業に時間を充てていただきたいので、僕たちが打ち合わせに出向きますよ!その代わり開発は任せましたよ!」
ずっとお仕事をくださっているマネージャーの方が、大規模プロジェクトを始めたい、と相談を持ち掛けてくださったときの言葉は今も忘れられません。複数の開発・制作会社合同で一つのプロジェクトを進めていくにあたり、中野や新宿にオフィスを構えている会社さんが多かったので、「我々も新宿に動きます!」と宣言して移転。RRJの創業の地は池袋でしたが、新宿にオフィスを構えることになったのは夢のような気持になりました。

そのプロジェクトの中で、「音声の配信を始めたい」という相談がありました。たまたま私は音響の専門学校を卒業していたので、多少機材の知識があったんですよね。すぐさま「機材を買ってきます」と言って、新宿で機材を揃えて、自社内にスタジオを作ったのもこの時期です。スタジオはずっと稼働しているわけではないので、空いている時間は打ち合わせスペースとして使ったりもしていましたが、ある日社長が「せっかくスタジオがあるんだから、銀河英雄伝説の朗読を録ろう!」と提案し、声優さんにお願いして1年半くらいかけて音声を取り始めたんです。そして銀河英雄伝説朗読アプリをリリースしました。ダウンロード数も伸び、更に大きく事業化しようということで誕生したのがオーディオブック「キクボン」です。「キクボン」は他社の音声コンテンツではなく、自社で撮ったコンテンツを配信したいという社長の意向があったので、そこから一生懸命、声優さんに声を掛けて、音源を取り溜めていったんですね。

またスタジオで録音し、銀河英雄伝説のCDボックスをリリースしたときも印象的な出来事の一つでした。自分たちの作ったものがコンビニで販売されたり、CMで流れたり。今まで目に見えないデジタルなものを扱ってきただけに、世の中に自分たちの作品を残せたことはとても嬉しかったですね。

こういうスタジオを作る機会って、なかなかきっかけがないと難しかったところに、ちょうどバンダイナムコさんからのお声掛けがあったので、とても恩を感じています。バンダイナムコさんの音声配信は今も続いていて、現在ではライブの映像配信や動画編集なども行なわせていただいております。

創業から変わらないもの。それは、誠実さとスピード感。

RRJのポリシーは「共存共栄」。お客様と一緒に成長していきましょうという考え方があります。その上で、フットワーク軽く、誠実にお客様の期待と向き合ってきました。「やろうとなったら、すぐにやる」というスタンスですね。お客様からもよく言われるのですが、RRJは儲けを優先した仕事はしません。それよりも、お客様が希望するものをスピード感持って、実現できるよう常に体制を整えてきました。某牛丼店の「早い、安い、旨い」ではありませんが、そういうところはある程度お客様から評価していただけていると思います。

だからこそ、創業以来変わらず各クライアント様とお付き合いさせていただいているのだと思います。当社には営業がいないにも関わらず、年々新規のお客様は増えています。というのも、お客様がお客様を連れてきてくださるから。誠実にスピード感を持って仕事をしてきたからこそ、今があるのだと思います。忘れもしない2011年。バンダイナムコさんの第一回デベロッパーズアワードを受賞したことは、本当に誇らしい気持ちでした。協力会社さんが何十社とある中で、実力のある開発会社として選んでもらえたのは嬉しかったですね。

社員にも、RRJのファンになってほしい。

RRJは、お客様だけでなく社員も含めてファンになってほしい、という考えが根付いています。私たちが掲げているのは、「社員の辞めない会社」です。メンバーに長く働いてもらえるために、何ができるか?を考えることも最重要課題として捉えています。

その一つの取り組みが、完全自社内開発ですね。RRJにはエンジニアが多数活躍しています。帰属意識が薄れないように、客先常駐開発は一切していません。そういったところを魅力に感じて入社してきてくれるメンバーも多いんです。今後も、自社内で開発を続けていくという方針は変わらないですね。

そして二つ目が、働きやすい制度の整備。中には家庭の事情や、ライフステージが変わることで、会社の規則内での活躍が厳しくなる方もいると思うので、そういう方も働きやすいように柔軟に対応できる制度を整えていきたいと思っています。やっぱり、プライベートが充実してこその仕事だと思うので、プライベートも充実させてほしいんです。私も子どもが生まれたときは、早く帰るようにしたり、休みを多めにもらったりしていました。なるべくメンバーにも、生活を楽しみながら、仕事も楽しんでほしいなと思っています。

ただ、早めに帰れる人は帰ってほしいという気持ちがありながらも、私は「残業は悪」という風には思っていないんですよね。中には「仕事が好きだから働きたい!」という人もいますし、「残業代を稼ぎたい」という人もいるはずだからです。当社では、会社のためになる残業であれば認めていますし、手当も支給しています。勉強のために残業する場合ももちろんOK。しっかりスキルを上げて給与を上げたいという人もいれば、残業時間で給与を上げたいという人がいてもいいと思っているので、その辺はある程度選択肢を持たせていますね。とはいえ、残業している人を優遇しているわけではないので、残業の有無が評価の対象になることはありません。

RRJでは2018年の後半から毎月、給与とは別に特別手当を支給しています。頑張りをきちんと見ていることを伝えたい気持ちと、自分の活動をアピールしてほしいという気持ちからスタートした制度です。評価基準は2つ。売上に対する貢献度として売上の数%を支給するというロジカルな評価と、もう一つはやる気や意欲という数値に表れにくい部分を評価基準にしています。数値に表れにくい動きというのは例えば、新しく入社してくれる人を紹介してくれたり、SNSで自社の情報を拡散してくれたり、といった活動ですね。目に見える動きしか評価しないと、お金になる仕事しかしない組織になってしまう…それはそれで寂しいと思うんですよね。このように社員のモチベーションアップにつながる制度作りも、まだまだ整備していきたいと思っています。

今のメンバーはみんな、RRJに居場所を持ってくれているのかなと思っています。果たして、RRJじゃなきゃだめなのか?は分からないですが、少なからずRRJのことは良く思ってくれているのでは?と。ここに残りたいと思ってくれている人のことは、大事にしていきたい。それは創業からずっと変わらない思いです。

インタビュー 共同創業役員 取締役/小川純平

目指しているのは、一人ひとりの個性を発揮できる会社。

私の信念は、仕事を楽しくやるということです。自分はプロフェッショナルタイプではなく、器用貧乏なほうで、何でもこなすタイプ。だからこそ、色々な事業に挑戦するRRJのスタイルには合っているのかなと思います。仕事って0~8割くらいまでできるようになる過程が一番楽しいと思うんです。自分の成長を感じられるし、新しいことを知る喜びもあるので楽しいんですよ。そこから、自分のスキルを10割に持っていくのは大変なこと。修行みたいな感じじゃないですか。

でも、開発が好きだからずっと開発していたいという人もいる。もちろん、そういう人がいてもいい。むしろ、プロフェッショナルを突き進む人を大事にしたいと思うんです。自分にはそういう働き方はできませんが、ときには8~10割の仕事を求められることもやっぱりあるんですよね。そういう仕事は、プロフェッショナルにやってもらわなければ回らないので、クリエイターを究めていきたい人がしっかり働ける道を会社が用意していくべきだと。いわゆる普通の会社って、マネジメント層に上がっていかないと出世できないじゃないですか。うちでは、それは辞めたいんですよね。上に行くと開発ができなくなってしまうから現場にいたい、という人も多いですし、その人がいるおかげで仕事がもらえることもあるので。生粋のエンジニアでも、成果を出して技術を持っている人であれば、マネージャークラスと同等まで給与も上げたい。社長は営業出身ですが、取締役4人はエンジニアなので、クリエイターの気持ちに添える部分はあるかなと思っています。

「うちの会社ってこうだよね」と決めつけたくない。

たまにお客様や社員から「RRJって、何をしている会社ですか?」と聞かれることがあるのですが、実はなんと答えていいのか分からないんですよね(笑)。システム会社ですが、オーディオブック「キクボン」も運営していますし、デザインや配信などもしていますし…。

なぜ事業内容に制限を設けないかというと、RRJという会社を長く続けていきたいからです。一つの事業だけで、一発ドンと花火を打ち上げて散っていくような会社にはしたくないんですね。それより色々な事業にチャレンジして、芽が出そうなところを拡大しながら、他のところでカバーできるような体制にしていきたいんです。飲食店や介護、医療…何でもいいのですが、多角的に事業を展開することで、何かしらシナジー効果が生まれると考えています。例えばですが、介護サービスでキクボンを使ってもらったりとか、介護施設で物販の販売所もできますし、そこでたこ焼き屋を始めてもいい。一つの事業に捉われたくないんですよね。「うちの会社ってこうだよね」と決めつけると、新しい挑戦がなかなかできなくなってしまうし、結局一年くらいすると世の中の状況はガラッと変わっているので、柔軟性をしっかり持っておかないと会社が早く潰れてしまうでしょう。事業基盤をいくつか設けておけば、地の強い会社になるはずだと信じています。

なるべく、色々な挑戦ができる、可能性を秘めた会社でありたいんですよね。人も増えてきているので、思いも色々あるでしょうし。うちには、洋服を作っていた人や医学系の学校に通っていた人など、異色の経歴を持つ人が多いんです。なので、色んな人の色んな経験が仕事につながっていくのも面白いと思いますよね。「将来はどうありたいですか?」と聞かれることも多いのですが、「RRJを長く続けていく」という漠然とした目標以外、あまり明確には決めないようにしています。今は、50名ほどのみんなの顔が見えるくらいの組織に拡大して、その中でみんなでどうやっていくかをしっかり考えていける会社になれればいいなという風に考えています。

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